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ピアニスト 永冨和子

縁あって、ご紹介いただき、永冨和子ピアノ・リサイタルに行った。

恥ずかしながら、夏に先輩からCDをいただくまで、こういう演奏家がいることを知らなかった。しかも同窓だったと。もっとも私は、詳しくないので、しょうがない。

いただいたのは「モーツアルト・ピアノ・ソナタ全集Vol.1」。素直で正確な演奏だ。

すると今月、リサイタルをなさると聞いた。お歳が70後半なので、お疲れが出るといけないから、一日だけ。しかも場所は王子ホール。このホールには縁がなく、今回初めてだ。これも興味深い。是非伺おう。

曲目は、モーツアルト「幻想曲ハ短調 K.475」、「ピアノソナタハ短調 K.457」、ドビュッシー「前奏曲集第1巻全曲」。モーツアルトのハ短調の曲2つとは珍しい。

CDの説明を読むと「パリに留学」とある。後半のプログラムはお得意なのだろう。前奏曲集全曲演奏も、そうあるものではない。心ときめかせ、会場へ向かった。

さて、いよいよご本人登場。舞台の袖からソロソロと歩く。「気をつけて!スカートの裾を踏まないようにね。」思わず声をかけたくなるような足取りだ。ようやくピアノに到着、静かに座った。しかしここから、今までのことを忘れさせるような音が響く。

鍵盤の芯を捉えて打ち抜くような、冴え冴えとして、しかも豊かで含みある音だ。演奏中、上体は全く動かず、肘の角度もほとんど変わらない。淡々と演奏しているかのごとく見える。が、一つ一つの音は華やかに転がり、響き、飛んでくる。

独自の解釈を入れるのでなく、楽譜に忠実に演奏しようとしているようだ。楽譜を読み切り、作曲家の意図を明確にイメージして表現している。そして弱音の美しいこと。派手なパフォーマンスは何もない。

前半はモーツアルトのデモーニッシュな一面を、後半はドビュッシーの描いた風景が、浮かんでくるような演奏だった。

そして、ラヴェル「水の戯れ」がアンコール曲。のびのびと情感豊かに、奏でてくれた。

帰りがけに思わず、永冨和子著「こうすればピアノは弾ける~日本人の手のために~」を買ってしまった。

あのお歳でこの音を出すのは力ではない。表現力も素晴らしいのだが、何より技術のたまものだ。40の手習いでピアノを始めた私には、夢のまた夢だが、目標としたい。

私たちはつい新人に目をひかれてしまう。しかし永冨さんのように、地道に演奏活動を続けている人を、忘れてはいけない。この数年で記憶に残る演奏会の一つだった。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

ananさん こんばんは。ひさしぶりです。
永富和子さんのリサイタル 聞き逃して残念です。
日本にもこういう稀有なピアニストもいるんですね。
(外国の)男性では、80代まで現役のピアニストは
結構いますが、女流では永富さんと比肩できるのは
すでに引退したラ・ローチャくらいでしょうか?

近くモーツァルト全集の第2巻が出るようで、今回の
曲目である、k.475とk.457が収録されています。

話は変わりますが、私が最近入手したグルダのモーツァルト
のソナタ集も、有名なイ長調など即興を交えた興味深い
演奏です。

永富さんや死んだグルダのようやく発見された演奏など
新人では到達不可能な境地を味わえる幸せを享受できる
のはありがたいことです。
一方新人を発見する喜びもあります。

とにかく音楽は素晴らしいということでしょうか。

投稿: kita | 2007年10月23日 (火) 21時28分

kitaさん、いつも投稿ありがとうございます。

また新着CDの情報も、ありがとうございました。永冨さんのモーツァルト全集第2巻、興味あります。グルダの新発見演奏のCDも、CD屋をチェックしてみましょう。

ピアノは猫でも弾けるとはいえ、奥深い楽器です。打楽器でありながら、音階が出る。(素人は、まず打楽器的音が出せません。)弦楽器は2音の和音しか弾けませんが、10本の指すべてを使えば、10の音が同時に出せます(極論ですが)。オーケストラの中にない音なので、協奏曲でピアノが勝手に演奏すれば、全体は合わせざるを得ない。暴力的楽器とも言えます。中村紘子さんの著書「ピアニストという蛮族がいる。」とは、よくぞ名付けたものです。

秋も深まり、芸術鑑賞にはもってこいですね。また新着CD、目玉コンサートの情報ありましたら、お知らせください。

投稿: anan | 2007年10月24日 (水) 14時32分

良いコンサートだったようですね(と、聞いております)。
新人の突っ張った魅力、ヴェテランの味わい、
どちらもありますよね。
あと、中年期の迷う時期、これもたんなる鑑賞者としては面白い。
当の本人は、この先の身の処し方に苦労しているかもしれないのに。

いずれにしても、演奏家が語りかけてくるものを
しっかりと落ち着いて聴きたいものです。
なにやかや、次から次へと目を移らせて、
なんだかゆとりがないナァ、と自省です。

kitaさんが書かれているラ・ローチャは
好きなピアニストの一人ですよ。
モーツァルトの協奏曲のCDは今のオーディオを決める際の
試聴盤にもしたり。
一昨年、いやその前?ラ・ローチャの日本での
最後の演奏会を聴きました。
サントリーホールの大きい方だったので、
ちょっと親密感には欠けましたけどね。

モーツァルト(たしか幻想曲も弾いたはず)も良かったですけど、
モンポゥなどを聴いていると、
まだまだやれるのになぁ、と思いましたね。

でも、
私ね、もうヒコーキに乗って遠くまで出かけるの面倒くさいから、
と、最後の挨拶を愛嬌たっぷりにしたときは、
もう、気さくで可愛いおばあちゃん。
きっと、この人の人生は幸せだったのだろう、と思いましたね。
ああやって、最後を締めくくれるのはいいな、と。

あれ?話が大脱線。。。
では また

投稿: e-g-g | 2007年10月24日 (水) 18時33分

e-g-gさん、久しぶりにブログを書きました。何やら秋のはじまりは、ややこしい忙しさだったのです。早速の投稿ありがとうございます。

音楽はぼーっとゆったり聞くことが多く、ブログに書くのは難しいです。聞いた内容を自分の中で何度も反芻し、言葉に置き換える。でもこの作業なしに、「何」を聞いたか、理解できないのですよね。

ともあれ、永冨さんは「般若」を感じさせない女流ピアニストでした。稀有な存在と言っていいでしょう。わたし、女性のピアニストには、どこかしら「般若」を感じてしまうのです。アルゲリッチなんて、とても般若です。弱音の美しい内田光子ですが、それでも、ほんのちょっと般若を感じてしまいます。e-g-gさんは感じたことありませんか?

ちなみに永冨さんの弱音は、本当に素晴らしかった。ピアニッシモで始まるとき、(弱音で始まるのが一番難しいと思うのですが、)丹田に力を籠め、たなごころに小宇宙をつかむようにして、弾きました。鍵盤に指を落とす時、”ウッ”と、つめた息遣いが聞こえたように思ったのです。そして鈴の転がるような音が、静かに豊かに鳴りました。

一方、強音はのびやか。大きな音と小さな音の強弱をつけることは、素人はもちろん、プロでもなかなか難しいことなのです。

またチャンスがあったら、聞きに行きたいと思っています。

投稿: anan | 2007年10月24日 (水) 19時15分

anan さん

弱音と強音の話し、面白いですね。
音楽を形づくる要件はいろいろありますよね、
音色とか、リズムとかとか、、、
そのすべてを“ある意図”に基づいてコントロールするわけですが、
(なんて、ずいぶんとワカッタヨウナこと書いてますね)
ともかく、その塩梅が上手くできて初めて人様に
聴かせられるものになるのでしょう。

で、この弱音・強音ですけれど、
これはきわめて相対的なものでしょうね。
楽譜に書かれている「p」や「f」の指示を
演奏家はどうやって決めるのか?
いつも興味津々なのです。
たとえば出だしがピアニッシモの場合、
絶対的ピアニッシモというのは無いですよね?
あくまでも、その曲全体の中での相対的なものと思います。
ですから、少し強めのピアニッシモ(変な言い方)で
曲を始めてしまい、
たとえば途中でffffffなんていうのが出てきたらどうする?
ま、その辺を上手くコントロールするのがプロとは思いますが、
いつも感心するところです。

で、たぶん、たぶんですよ、
・その最弱音と最強音のダイナミクスの幅が広いこと
・また、そのコントラストのつけかたが真っ当であること
このあたりが良い演奏の条件とも思うのですね。
ただ、ダイナミクスの幅は狭いのに
絶妙なコントラストのおかげで、
結果としてダイナミックな演奏になるということも
ありそうで、これはそう簡単な話ではないのでしょう。
(二つ目の「コントラスト問題」は、これまた
 突っ込んでいくと際限が無くなるので、ひとまずここまで)

それと生演奏とCDでは、また事情が変わるでしょうね。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の冒頭のティンパニの連打。
あれはCDでは、ちゃんと聞こえますが、
生だと、ほとんど聞こえない、たぶん気配のようなもの。
これは確か吉田秀和氏がどこかで述べていた話ですが、
このあたりの音の大きさの捉え方も面白いですよね。
この協奏曲はまだ生での経験がないので、
いちど聴いてみたいんですけどね。

そういえば、第九もいつ始まったのか分からないような、
なんとも不思議な出だしですね。


この話し、デザインとか造形にも、ものすごく関係が深く、
いつも、いや永遠のかな?テーマなんですよ。
色彩・形のダイナミズムという点でね。

なんだか 書きなぐり シツレイイタシマシタ

*般若の話しも面白そう。内田光子さん、
極めつけの般若と思いますよ。←超私見

投稿: e-g-g | 2007年10月24日 (水) 21時05分

e-g-gさんとananさんのやり取り、大変興味深く
拝見しました。ダイナミックスと「般若」面白いですね。
また、デザインと深く関連するなど思いもしない指摘
です。

(私の勝手な思い込みですが)これに関連して、
最近出た高橋アキさんのシューベルトの最後のソナタ
(変ロ長調)は、心に残る演奏で、ダイナミックスと
間の取り方など絶品だと思いました。
高橋アキさんは、決して「般若」とは思いませんが、
上記の議論で思い出した次第です。

追伸  「男の」ブレンデルの同曲を聴きなおしましたが、
繰り返しを省略しており、がっかりしました。

投稿: kita | 2007年10月25日 (木) 15時28分

ウーム、e-g-gさんとkitaさんが投稿してくださると、テーマが思わぬ方向へ展開し、オットット、高尚すぎてananが追いつけない高みへ。

高橋アキさんは聞いたことがないので、なんとも言えませんが、「般若」は、もうお分かりと思いますが、顔つきではありません。目をつむって聞いていても、音に般若が見え隠れするのです。男性のピアニストは般若と無縁。不思議ですね。

強音・弱音は、作曲家によっても違うのではないでしょうか。モーツアルト、バッハのffとベートーベンとは違います。もちろん音色も変えねばなりませんね。でも私が言いたかったのは、もっと単純で、ただ強弱をつけるだけのことが、結構難しいのです。

富永さんは、それをいともたやすくしているように見えたのですが、違いました。低音部を弱音で始めるとき、内に込めたすさまじい気迫を感じたのです。それはすなわち、体の中心に気を集め、腕を肩からつりさげ、手指を解放し、早く正確に、鍵盤をしっかり、しかし小さな音で鳴らすための力をためるため。達人の域です。うまく言葉に表せません。ゴルフの下りのパット、テニスのドロップショットのインパクトに通じるかもしれません。

言い換えると、弱音だが良く響いて、ホールの隅々に聞こえる音を弾くための技術、に感動したのです。

CDは、いろいろな工夫をしているので、弱音・強音、コントラストはCDディレクターのさじ加減によっても違ってきます。また購入した人の持っている再生機によっても。

ラジカセしか持っていないananは、良い演奏はホールで聴くしかありません。

それにしても、楽しい意見交換の場となり、ありがとうございました。

投稿: anan | 2007年10月25日 (木) 17時25分

ttp://mainichi.jp/select/person/news/20100915k0000m060056000c.html
訃報:永冨和子さん81歳=ピアニスト

永冨和子さん81歳(ながとみ・かずこ=ピアニスト)
8月17日、心不全のため東京都世田谷区の自宅で死去。
葬儀は近親者で済ませた。喪主は夫で東京芸大名誉教授の正之(まさゆき)さん。

東京音楽学校(現・東京芸大)卒。欧州各地で演奏活動を行い、
1992年に仏政府から芸術文化勲章シュバリエ章、2000年に同オフィシエ章を受けた。

ttp://columbia.jp/artist-info/nagatomi/info.html
永冨和子 永眠のお知らせ

投稿: 通りすがりの者 | 2010年9月14日 (火) 21時24分

書き込み、ありがとうございました。
あの夜の演奏、忘れられません。
そういう方がたくさんおられると思います。その点で、永冨和子さんは永遠でおられます。今はただ、ゆっくりお休みくださいと。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: anan | 2010年9月16日 (木) 20時33分

はじめまして。永富和子さんというピアニストを知りたくて、検索をしてこのブログに参りました。

この6月6日に亡くなられた作家で精神科医の「なだいなださんを偲ぶ会」(11日)のために、ご遺族に何かお好きな音楽は?とお伺いしたところ、「永富さんのモーツァルトのソナタを」とのご希望でした。ご友人でもあられたそうで、たぶん、フランス留学時に知り合われたのではないかと思います。

生前に映画やご本のお話はあったのですが、音楽のお話はあまりすることがなく、お伺いしておけば…と思った次第です。CDをぜひ聞いてみたいと思います。

投稿: | 2013年7月 5日 (金) 22時12分

珠様、お越しくださりありがとうございます。
私は永冨和子さんの事を良く存じ上げませんが、
あの夜の演奏は忘れられません。
CDの出来は、永冨さんの実演とは程遠く、
珠様が聞き逃されたこと、誠に残念です。
いずれにせよ、最後まで立派なピアニストでした。

投稿: anan | 2013年7月19日 (金) 18時57分

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