日記・コラム・つぶやき

Birthday Wine

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年が変わってすぐの誕生日。

親には忘れられ、時には自分も忘れそうになる。

一年の始まりは、誕生日からが本当と思うので、最近は意識して過ごす。

記念日ディナーは、ご近所のイタリアンレストランで。

食事の締めにプレゼントされたのは、ケーキの代わりのデザート・ワイン。

なかなか粋なはからいに、感謝しきり。

歌舞伎好きの私のために、わざわざお皿に隈取を描いてくれた。

レストランのオーナーとは、この2年、初春歌舞伎の初日をご一緒している。

歌舞伎に馴染みのない方だが、興味を覚えたらしい。

名優が相次いで亡くなった後なので、お連れしてもちょっと寂しい感がある。

それでも、玉三郎は今年も輝いていた。

若い役者が頑張っているので、成長を温かく見守りたい。

私も、あやかって、確かな一歩を踏み出せる一年にしたいものだ。

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2016年 明けましておめでとうございます。

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新年が始まり、はや半月近く経ってしまった。

いやそれより、昨年後半から、全く書けなくなり、誠に申し訳ない。

年賀状で、そのことを言われ、ココログのお友達以外にも、読者がいたのだと知る。

なんとか再開しようと、重い腰を上げた次第。

何しろ昨年は発表会で忙しかった。

ピアノ曲3つ、声楽は4曲に取り組み、10回の発表会に参加。

入会している音楽グループの発表会が5回、ピアノと歌の先生の関係で4回。
さらに友人主催の発表会に誘われ、それにも出る始末。

しかも秋からは、一人に与えられた発表時間が20分。

その時、私の弾ける曲は、合わせて10分にも満たない。

商家の生まれの私は、せめて半分以上弾かないと、元が取れないと感じる。

もちろん誤った考えなのだが。そこで急遽夏からもう1曲、何としても仕上げようと!

というわけで、冷や汗いっぱいの2015年だった。 

なんでこんなに出るか?と問われれば、出れば必ず何かを得られるから。

1年で、少しは上手くなったつもりなのである。

★ ★ ★ ★ ★

写真は12年前にいただいた年賀状。

「見ます、聞きます、話します。その上樹から落ちません。」

もちろん、「見ざる、聞かざる、言わざる。」をもじったもの。

平成16年、バブル弾けて、一向に先の見えない時。

このくらいでないと生き残れない、との思いを書いたそうな。

気に入った私は、額に入れて飾っている。

この言葉は、今の方がもっと時代に合っているような気がする。

その友人とは、その後なぜか音信不通になってしまった。

でも、言葉通り、きっとしたたかに、しなやかに、生きていると思う。


ポチッとよろしく!

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2015年  花見

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この満開の桜の下、我が家のお墓はある。

先祖もほくそ笑んでいるだろう。

こんなに上手く桜の枝がかぶるとは、購入時には予想しなかったと思う。

墓石には祖父の名で、昭和3年建立とある。

いつもはお彼岸に行くので、この桜を見ることはない。

が、今年は一緒に行く叔母の都合で、桜にぴったりのタイミングになった。

そのあと新橋の事務所で、遅い昼食をすませ、二人で昔話に花を咲かせていると、ロンドンの友人が突然来訪。

聞けば予定が早く終わったので、ふと思いついたと言う。

私が日中事務所にいることはほとんどない。昼間遊んで、夜働くタイプなのだ。

滅多にいない時に巡り会えた。ふーん、これが先祖のお導きかと、不思議に思った。

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こちらはその前日に見た青山墓地の桜。

若いときは怖いと思った墓地が、いつしか気の落ち着く場所になっていた。

皆さんはどういうお花見だったろう。それぞれの桜見物に別々の思い、ストーリーがある。

今年も無事に楽しめたことを感謝しつつ、、、。

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アウシュビッツ強制収容所解放70年記念日

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1945年1月27日、ソ連軍の侵攻により、アウシュビッツ強制収容所は解放された。

それから70年、収容所で生き残った人々、各国首脳が世界各地から集まり、記念式典が行われたという。

大事なのは「生還者による証言」と、みな思っているが、生存者は少なく、もはや80歳を超えている。

生存者達は体験を語り、若者達に伝えたいと願う。

「異なる宗教や意見を持つ人を、切り捨てるのではなく、理解しようとすること」だと。

写真は、昨年ポーランド、アウシュビッツ第2収容所、ビルケナウを訪れたときのもの。

多くのユダヤ人が収容所跡を訪れていた。

今アウシュビッツは、欧州共存の原点として、もう一度見直されている。

EU全体で支援し、若い人たちに、平和を学び考える拠点となるようにしようと。

アウシュビッツの門には、「働けば自由になる」という言葉が掲げられていた。

連れて来られた人のうち、働けない者は、そのままガス室におくられる。

わけの分からぬままに死んでいったのだ。

移送された人々の9割以上が亡くなったとされる。

ここに収容されていた人々の多くはユダヤ人だったが、3割ほどはポーランド人や
ロマと呼ばれるジプシーの人々だった。

これらの人々は、当時守ってくれる国が無かったため、多数虐殺された。

一方、第2次世界大戦中の日本は、国を維持するために国民を犠牲にしていたと思う。

どのように国民のための国体を維持するか、歴史を見ても非常に難しい。

★ ★ ★ ★ ★

アウシュビッツをはじめとする、各地に存在したナチスの強制収容所のことは、
まだ全部解明されていない。未だに発掘が行われ、その存在を証明しようとする
試みがつづいている。

しかしその後の世界では、アウシュビッツ並み、もしくはそれ以上の残虐な行為が
次々と繰り返されている。つくづく人間の業の深さを思う。

現在起こっていることを見ても、生存者の言葉は重い。

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2015年 謹賀新年

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2015年 明けまして おめでとう ございます。

年の初めに、皆様のご健康とお幸せを、心よりお祈り申し上げます。

写真は元旦のお節。

今年も叔母に煮物をねだり、ほっこりとした味で新年を迎えた。

さて、長きに渡り、ご無沙汰をお詫び申し上げる。

2014年の夏、ポーランド旅行の後、ピアノ発表会の準備と
前年11月にやってきた子猫の世話に追われ、ずっと中断してしまった。

何故こんなことになったか?

年間8回の発表会参加は、想像以上に大変で、ピアノ練習の時間を
どうやって確保するか、それが一番だった。

新しいPCでの画像処理が難しかったこともある。

さらに初めてのポーランドは想像以上に素晴らしく、そのご報告と思ったが、
複雑な歴史と文化に降参してしまった。

日々のスケジュールをこなすのに精一杯。

様々なことが心に浮かびつつ、結局何もかけず、今日を迎えた次第。

まことに面目ない。

これを機に、少しずつ書いて行こうと思う。

どうぞよろしくお願い申し上げる。

同居の猫からもご挨拶。

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体は大きくなり、力は強大。が、分別はつかず、ますます世話は大変。早くお利口になってほしい。

今日はこれから、久しぶりの歌舞伎見物。とても楽しみだ。

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お出かけ準備

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連日のサッカーW杯観戦に、ウィンブルドン観戦まで加わり、寝不足の続く毎日。

そんなことをしている場合ではない。

29日(日)にピアノの先生主催の発表会、そして7月3日(木)より年一回のお出かけがある。

2週間の旅行の間、団十郎は保護してくださったファミリーのもとで暮らす。

東京にお住いのご長女は、7月1日より1週間旅行される。

その間は、彼女の飼い猫「エイト君」とともに、兄弟猫「蓮君」のいるお妹宅で面倒見て頂く。

ご近所にいるお母様もお手伝いくださるとのこと。

そしてご長女がお戻りになったら、エイト君と二匹で、またご長女宅でお世話を受ける。

諸般の都合で、少々早めだが、昨日団十郎をご長女宅にお届けした。

こんなに長い間離れて暮らすのは初めて。

万全の態勢で、サポートしてくださるので、安心はしているが、良い子にできるか?

ちょっと心配。

エイト君、よろしく頼むね。


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「だいじょぶ!ボク、いじめないから。」と言っているような…。

~ ~ ~ ~ ~

一晩お泊りして、落ち着いた様子の団十郎。

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★ ★ ★ ★ ★

ザックジャパンのメンバーに、心からの感謝を。

四年間のひたむきな努力には、頭が下がります。

グループリーグを突破できなかったことは、誠に残念。

しかし、負けることは勝つことより、多くを学べるはず。

ここから次へのスタートが始まる。

ゆっくり休んで、前を向いて歩んでほしい。

私たちは君たちの頑張りを忘れません。

夢をありがとう。

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2014年 FIFAワールドカップ 応援準備完了!

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いよいよ2014年 FIFA ワールドカップ ブラジル大会開幕!

開幕戦、ブラジルvsクロアチアは、さすが世界一を戦うにふさわしいゲームだった。

日本の初戦まであと2日。

がんばれニッポン!


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ブルーインパルスの惜別 「さよなら国立競技場」

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2014年5月30日、国立競技場では、取り壊し前最後のイベントがあった。

いつも通うテニスコートは競技場に近いので、ブルーインパルスの飛行が見えるはず。

早めにテニスを終え、スマホ片手に空を眺めると、おー、来た・来た!

あまりの速さに、シャッターを押す前に通り過ぎてしまう。

だがそのあと旋回して戻って来た。

ブルーインパルスは、美しい編隊飛行を保ち、上空を行きつ戻りつ、3回ほど滑空。

なんとか姿をとらえることができた。

口を開け、空を見上げるうちに、ふと50年前のあの日を思い出す。

1964年10月10日、秋晴れの真っ青な空の下、開会式が始まった。

その日は、おそらく日本中の人が、テレビにかじりついていたに違いない。

昭和天皇の開会宣言、東(あずま)都知事の涙、聖火の点火、そして何よりもブルーインパルスの5輪が、フラッシュバックのように頭の中に点滅する。

そこに至る突貫工事の日々、それは都心の水路を埋めて首都高に、米軍の住宅を選手村へ、都電の線路下に敷いてあった御影石を駒沢オリンピック公園の敷石に、などなど、目を剥くような東京の変化があった。

内幸町にあったNHKも、この時渋谷に移転。

もちろん、国立競技場も、東京オリンピックのために建てられた。

まだ「お国のために」の心が、みんなのどこかにあった時。

立派な日本を世界に見せたい。その気持ちは競技場内のそこかしこにも表れている。

点火台や数々の美術品は保存されるというが、新競技場との調和を願う。

あの東京オリンピックと、そのあとの大阪万博で、東京の「三丁目の夕日」は終わったのだ。

その国立競技場が取り壊され、私たちはどんな東京に向かって歩んでいくのだろう。

東京が、震災被災地復興を引っ張っていくような、そういう東京になってほしい。

それまで生きて、見届けたいと思う。

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ご無沙汰のお詫び。

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昨年の12月18日からちょうど2カ月、ブログをお休みしてしまった。

その間はピアノ発表会2回(12月と1月)、暮の掃除、年賀状準備、おせち準備、忘年会、新年会などなど。

よく無事に乗り切ったと思う。

一番大騒ぎだったのは、團十郎が病気になった事だ。

新年の松が取れてすぐ、丸一日まったく食事をとらず、こんこんと眠っている。

病院に連れて行くと、肝臓の数値がひどく悪く、どうなるか分からないと言う。

びっくりして一晩病院で預かってもらった。

翌朝、もしだめなら、自分の家でちゃんと看取ってやらねばと思いなおした。

病院に迎えに行くと、私の声が聞こえたのか、大きな声で鳴いている。

先生は、数値の悪さから想像できない元気さだ、とおっしゃる。

これと言って悪いものを食べさせた記憶はないが、気がつかない間に何かを口にしたかもしれない。

誤飲は無いとのことで、少し安心。

肝臓の薬をいただき、家に戻ると、少しづつ食欲も出てきた。

1月の3連休は二つあった食事会を断り、ひたすら看病。

その甲斐あってか、1週間ほどですっかり回復した。

今ではますます良く食べ、良く悪さをしている。

栃木の道路端で拾われたミックスなので、今後どんな猫になるだろう。

楽しみだ。

これからはまた3月のピアノ発表会に向けて練習の日々。

團十郎も連弾をするようになった。

うーん、これは望んでいないのだけれど。

(写真はお膝に乗った團十郎。)

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新橋駅前イルミネーション

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おじさんの街、新橋も、ささやかなクリスマスイルミネーション。

しかもこれ、色が変わる。

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わが故郷、新橋は、いつもちょっと、ださい。

そして怪しげ。

いまそのイメージを払拭しようとしている。

私は、ださくて怪しげな新橋が好きなのだけれど。


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