男と女

結婚は女の幸せか?

薬害C型肝炎集団訴訟原告団と、国が和解したそうだ。

病気を抱えながらの抗議活動は、大変なことである。ともあれ、良い薬もできたことなので、今後は治療に専念していただきたい。

今日の本題は、取材陣にその報告をする原告の一人、若いお嬢さんのセリフ。

舛添大臣が、「あなたが幸せな家庭を築かれるのを見たい」云々を彼女に述べたそうな。「何の事だかと思ったが、とりあえず”はい”と言っておいた。せっかく言ってくださったんだから、そうなってあげてもいいかと思った。」etc.と。大臣はこのお嬢さんに、軽くいなされている。

若く将来ある女性の、幸せを祈っての言葉だったのだが…。

もし同年齢の男性だったら、大臣はなんと言葉をかけたであろう。「健康を取り戻し、立派な仕事をしてほしい。」と、言ったのではないか?

結婚は女性にとって人生の一大事だが、男性にとっても、おなじだけ重要なことだ。なぜ女の方だけ、「幸せな家庭を」と言われるのだろうか?

どうやら男は、[女+結婚=幸せ] という方程式を、こしらえているようだ。

女の結婚観は、それほど単純ではないよ。いまや女は、結婚に夢を見られなくなっている。

女は、たとえ結婚しても、男と同じように社会で働き、しかも「女らしい」という、男女雇用均等法以前の概念にも当てはまるよう、美しく立ち居振る舞い、迫りくる少子化問題解決のために、健康な体を持ち、次々と玉のような赤ちゃんを産むよう、期待されているんだもの。

「幸せな家庭」は、女と男が、一緒に努力しないと築けない。それなのに、[女+結婚=幸せ]の方程式が頭にある男は、とりあえず、結婚したので彼女は幸せだ、と思いこむ。

女の方程式は、以下の如し。

[女+女を理解するべく、日夜努力する男との結婚+どちらが稼いでもいいが、毎日そこそこに暮らせるお金+自分を理解するべく、日夜努力する男が、自分を理解するために必要な、共有する時間+自分を理解するべく、日夜努力する男が、自分を理解した結果表現する、愛の言葉=幸せ]。

如何?

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地図の要らない女。

旅行とは一生の友を得る場所でもあり、またそれまで親友だと思っていた人を、なくす場所でもある。

それほど本性が出てしまうのだ。

お客様と一緒に旅行をして、今まで気づかなかった、男と女の差異に、気づくようになった。そんなことを、以後「男と女」のテーマに、まとめて見たいと思う。

男女の違いを認識し、忍耐と寛容をもって関わることが、大切と思う。なにしろこの世は、男と女しかいないのだから。反発し、また引き合うように、神様はおつくりになったようだ。

旅行中、お客様からいろいろな質問を受ける。

その中で、男性から必ず聞かれるのは、「今どこにいるか?」

ご自分で用意された、もしくはこちらから資料として差し上げた地図を手に、どこにいるか指し示せと。

女性の場合、「あとどのくらいで次の場所に着くか?」という聞き方をなさる。そして着いた先は寒いのか、暑いのか?どんな服装が適当か?食事はどんなものが出るか?と続く。

今いる場所の確認より、次の準備として、現在位置を確認したいようだ。

「話を聞かない男と、地図の読めない女」という本があったが、男性は地図が必要なようである。

もっと言うと、いつも自分の立ち位置を確認しないと、落ち着かない。

一方女は地図が要らない。自分が主体なので、「どこに居るか?」より、「自分が幸せになれるか?」が大事。「暑いか?寒いか?服装は?」という質問は、幸せになるためなのだ。

ある意味、女性客の満足を得るのはたやすい。いかにして幸せになっていただくかを考えればいいのだ。「楽しい、美味しい、面白い、綺麗、安い、素敵」などが、キーワード。

男性の満足を得るのは難しい。そもそも興味の持ち方が狭くて深い。だが男性は、常に自分に客観性を求めているので、そんな偏屈な興味の持ち方を、人に表明していいものか?そこから悩んでいるように見受けられる。

旅行企画者としては、その辺を伺わないと、旅作りが出来ないのだが…。

さて、こういう違いのある男と女、どう折り合いを付けていったらいいか?

少なくとも女は、男に言いたいことが言えるようにしてあげよう。そして、どんなに訳の分からぬ屁理屈と思っても、「そうね。」と、やさしくうなずくのだよ。

男は、女の主観的な言動を、本能のなせる業とあきらめよう。女にとって、客観性のいかんにかかわらず、思ったことは事実なのだ。今言ったことは、ただ事実を述べただけ。そしてその事実に基づいて、行動しただけなのだから。

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男と女の買い物は違う。

男と女の間には、深くて暗い溝があるようで…。

お客様の買い物しぐさを観察して、しみじみ分かったことがある。

男と女の買い物は、全く違うものなのだと。

男の買い物は仕入れ、女は、ドラマの執筆。

男は仕入れだから、良いものをいかに安く、しかも仕事だから、要領よく短時間で行わなければならない。

一方女は、鏡の前で、自分が主人公の脚本を書く。この服を着たら、どんなアクセサリーをしようか?どのバッグを持とうかしら?靴は?やっぱりバッグにあわせて同じ色?

そしてどこへ出かけよう?誰と?

もうこの辺で、自分中心の場面が頭に浮かんでる。

ワタシがこの格好でこう振舞ったら、相手はなんと言うか、それにワタシはこう答えるのよ!

どんどんドラマは続く。

いや、ヤッパリこれじゃだめ!他の服を試し、頭の中で脚本を書き直す。

買っちゃったらドラマは終わるので、簡単には買えない。

女の買い物は時間がかかる。つまり、こういうことなのだ。

男と女、「買い物」という同じ言葉を使いながら、内容は全く違う。男女で内容の違う言葉は、これ以外にもありそうだ。

「だから奥様のお買い物、待ってて差し上げて。」とお客様に申し上げたら、「いや~、あまりにもくだらぬ脚本だと、分かってるからねぇ。」

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