コスモスが盛りだ。我が家も一鉢購入。
赤紫、ピンク、白の三色が、秋の涼風にそよぐ姿は、心にも同じ風を運んでくれるよう。
コスモスには、とりわけの思い出がある。
今から30年以上前、25,6才の頃と思う。職場の違う友人と昼食の約束をした。場所は赤坂東急プラザのレストラン。それぞれの職場から走って10分の距離だ。
当時、独身で働いている女にとって、それは微妙な年頃だった。その頃の常識では、しっかり片付いていなければいけない。場合によっては、子供の一人位、生んでいて当然。男女雇用均等法どころか、女の務めは家庭と決まっていた。
実際このころ、某テレビ局などは、女子25歳定年制だったのだ。
詳細な情報交換が必要だ。今日のテーマは、どうやって女の自立を達成するか。肩たたきされる職場からの有利な転職、親をどう説得するか、などなど。
夢中になって話し込んでいると突然、「ぶしつけではございますが…。」と、隣から三十一文字の短冊が差し出された。
恥ずかしながら、達筆の草書で、とても読めない。
伺うと、「お二人がお話になっているご様子を見て、一首浮かびました。」
私の友人を小菊にたとえ、そして私は秋桜(コスモス)と。
最初は二人を一つの歌にしたのだが、いや二首に分けた方がいいと、それぞれの歌をさらさらと書いて見せ、読めない我々に読み聞かせ、意味を説く。
品のいい初老の男性で、歌作が趣味で、新聞などに投稿しているとのこと。
「こんな良い歌はめったに作れない。これも花のようなお二人のご様子を目にしたおかげだ。来月の選では絶対に賞がとれるだろう。いや、今日はなんという運の良い日だろう。」などなど、のたまう。
当時25歳以上は姥桜と言われた。それがこんなに、花にたとえられるなんて!我々二人は、頬を紅潮させ、口を半開きにして、オウオウと聞いていた(に違いない)。
そして、「是非この短冊を受け取っていただきたい。いや、こんな紙では失礼だ。」と、金色短冊形の色紙を取り出し、またさらさら書き直す。
「せっかくなので、このままでなく、表装もお付けしたい。」
ここで驚き、また昼休みの時間も終わりかけていたので、ありがたいお申し出ですが…、と断りかける。
するとこの表装の説明が始まり、周りは京都の大徳寺大火事の時のありがたい燃え残り、張ってある布は京都の●●織の古布、云々と、もう止まらない。
思わず、「ではせめて、表装の実費だけでも。」と、言ってしまった。
すると、「お一人3,000円。」(だったと思う)
当時の給料は思い出せないが、その場で払えたのだから、たぶん今の1万円くらいの価値だろう。
ただでさえ居心地の悪い職場に、遅れて戻るわけにはいかない。あわてて走りながら、彼は明日も同じ場所にいるのでは、とふと思った。
でも、生涯に、こんなに褒められたことはない。確認しないで、このまま夢を見よう。
そして以来、数々の引っ越しを経て、どうにも捨てられない。時々飾ってみるが、何と書いてあるか、この達筆は読めず、歌は思い出せないのである。
誰か読める人、教えてほしい。
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