旅日記

「ワタシと一緒の食事はいつもおいしい!」@バルセロナ その1

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バルセロナは、モダニズモの建造物だけではない。

お食事も大変結構だった。

写真は、フォアグラのカルパッチョ。

フォアグラは食べたことあるが、カルパッチョに仕立てたのは初めて。

食べるときは、脂身の強い白い部分と、赤みの部分を混ぜるよう言われた。

するといわゆるフォアグラの色になる。

食すと、品のいい脂の香りと舌触りが口の中に広がった。

おお、なかなかやるではないか、バルセロナ!

このレストランは出発前に友人に教えてもらった。

鍋ごと供される魚のスープとパエリアが美味しかったと。

写真を見せられたが、このスープは女子2名 では多すぎる。

そこでこの夜のメニューは、カルパッチョ、グリーンサラダ、魚介のパエリア。


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パエリアの写真はちょっとピンぼけで申し訳ない。

(しかも一人ずつに分けられてからの写真なので、今ひとつ。)

仕上げはお店のおごりのデザート。


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カスタードクリームにザラメの砂糖を乗せ、バーナーであぶったもの。

とろとろの食感と、おなかに軽いカスタードの作りが、胃の隙間を埋めるに、必要にして充分。

完璧な夕飯だった。

★ ★ ★ ★ ★

レストラン情報:  

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Restaurante Madrid-Barcelona

Carrer D’Arago, 284
08007 Barcelona

Tel. +34 93 215 70 27
info@madrid-barcelona.cat

店の名前の由来は、この店の前からマドリッド行きの電車が出ていたことから。
現在、電車は地下に潜っている。

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グエル別邸 ー バルセロナ旅行記

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ガウディ初期の作品。

自身のパトロンであった裕福な実業家エウセビ・グエルからの依頼を受け設計。

バルセロナの目抜き通り、ランブラス通りから、横に入った所にある。

正面入り口を飾るのはカタルーニャの紋章。

本来は本館につながる別邸として作られたが、グエルが気に入り、19世紀末から20世紀初頭まで、妻と10人の子供と一緒にここで暮らした。

大理石がふんだんに使われたこの邸宅は、地下1階、地上4階建て。

馬小屋とされた地下室、豪華な大理石の階段のある一階エントランス、ガウディの執務室のあった中2階、吹き抜け天井のある2階(パブリックスペース)、寝室が置かれた3階、使用人の部屋と厨房が配された4階からなる。

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この建築の目玉と言える吹き抜けのサロンには、なんとパイプオルガンまでしつらえられた。

天井に開けられた無数の穴が、サロンに柔らかな光を与える。

ピアノの置かれたホール。

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実際、この家では、しょっちゅう人を招いて、音楽会が行われたそうだ。

おそらく、その人々との会食が行われたと思われる食堂。

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ガウディ建築の素晴らしさは、ディテールにある。

手の込んだ装飾を施された照明をご覧あれ。

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ドアにもこんな装飾が。装飾にまぎれて、のぞき穴が開けられている。

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天井には木組みの美しい飾り。

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木彫りの物入れ。背景の壁、柱に施された匠の技も、併せてご覧いただけるだろうか。

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これらの装飾を考えたガウディは全く素晴らしい。

しかし一方、それを造る技術者がいたからこそ、なし得たことと言えよう。

どちらにも拍手を送りたい。

ガウディのセンスは煙突にも発揮される。

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およそ建物に付属する物には全て、機能に美しさをプラス。

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粉砕タイルを利用することで、自在な形が可能になった。

ディテールの素晴らしさはもちろんだが、構造的にも問題なく設計されたことは、言うまでもない。

それは、全体の重さを支えるために設計された、地下室の太い柱に象徴されている。

個人の建物、しかも富豪の建物なので、設計上、重厚さ、豪華さが、強く意識されたように思う。

その後建てられたカサ・ミラ、カサ・バトリョとは趣をことにする。

残念だったのは、オーディオガイダンスがあまり良くなかったことだ。

一つ一つの説明が長過ぎて、飽きてしまう。

カサ・ミラ、カサ・バトリョのガイダンスが、あまりに見事だったので、かえって際立ってしまった。

さて、思うままに書いたが、ガウディ建築の素晴らしさをお伝え出来ただろうか?

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バルセロナ旅行記  ー  サグラダ・ファミリア

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長年憧れていたバルセロナ。何故かいままでチャンスなく、今回初めて訪れた。

旅行は2月12日ー19日の8日間だが、移動に要する日をのぞくと賞味5日間の滞在。

短い期間だったが、旅は予定通り順調で、訪れた場所はすべて、期待以上の素晴らしさだった。

一番の目的は、ガウディの最高傑作と言われるサグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)。

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残念ながら、ガウディはこの教会建設中に事故で亡くなった。

しかしその遺志は、数多くの建築家、技師によって支えられ、現在も建設は続けられている。

現在ユネスコ世界遺産とされているのは、ガウディが直接手がけた、生誕のファザード部分。

建物の東側にある。

ここには、イエス誕生の物語を綴る多くの彫刻が施されている。 

〈受胎告知〉

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〈イエスの誕生ー牛が暖かい息を吹きかけている〉

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門には様々な木々、花、そしてカブトムシまでが、彫られていた。

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私たちは、この門から中に入った。

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内側には荘厳で静謐な空気が漂う。

樹木を形どった柱は、森の中にいるような錯覚を起こさせ、不思議な気分の落ち着きをもたらす。

すると、パイプオルガンの音色に乗って、シューベルトの「アベマリア」が聞こえた。

どこで、誰が歌っているのかと思ったが、どうやらBGMが流されているようだ。

東側に配されたステンドグラスは、ブルーが基調。

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その窓から、ブルー・グリーンの光が教会内に降りそそぐ。森の中に、精霊の宿るがごとく。

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西側のステンドグラスは、オレンジ色。午後の明かりを柔らかに内側に運ぶ。

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教会の地下には、ガウディの亡骸が葬られている。いまでも、ろうそくが絶えることがない。

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名残惜しい気持ちを胸に、西側の門より外へ。

西側には、受難のハザードがある。

生誕のハザードに対し、装飾を排し、むき出しの石に直線的な彫刻が、キリストの死を象徴。

悲しみが込められている。

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サグラダ・ファミリアは、いったいいつになれば完成するのかと、危ぶまれたときもあった。

しかしコンピューターを駆使することにより、ガウディの意思を反映した設計が順調に仕上がっている。

その上、聖堂の入場者が増えて、建築費は潤沢に準備出来た。

2026年はガウディ没後100年。その時までに完成しようとの目論見だ。

その時はもう一度訪れて、完成した教会を見たいと思う。

あと11年。日本人女子の平均余命からすれば、生きているとは思う。

だが、再訪出来る程度に、お利口でいるだろうか?

ちょっと心配。

★ ★ ★ ★ ★

サグラダ・ファミリアのみならず、ガウディの建築物を見るには、あらかじめ予約することをお勧めする。

インターネットから出来るので、是非!


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レオナルド・ダヴィンチ 「最後の晩餐」

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ミラノの旅の印象として、ミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」に言及すれば、ダヴィンチの「最後の晩餐」にふれないわけにはいかない。

この壁画は、1495年〜1498年にかけて、ミラノ郊外、サンタマリア・デッレ・グラッチエ修道院の食堂に描かれた。

題材は聖書にある最後の晩餐。キリストが処刑される前、弟子達とともに最後の夕食をともにしたお話を描いたもの。

当時は、壁画といえばフレスコ画で描かれるのが普通であった。

しかし、この技法には多くの制約がある。

重ね塗りによる微妙な色の表現が出来ない、乾くまでの8時間程度で絵を完成させねばならぬ、など。

これを嫌ったダヴィンチは、テンペラ画と言う手法を用いた。

この技法はキャンバスや木の上に描くには適している。

が一方、温度や湿気に弱いので、漆喰の上に描くには難がある。

ダヴィンチは、この技法を改良して作画に臨んだが、見事に失敗。

完成直後から剥落が始まったという。

この絵の不幸はそれだけにとどまらない。

17世紀には、絵の下部中央に、台所への扉が作られてしまった。

当然この部分の絵は失われてしまう。

その後、食堂は馬小屋に使われたり、洪水にあったりし、絵はますます傷んだ。

これを直そうと、度重なる不十分な修復が、さらなる剥離に繋がる。

かくして、壁画はダヴィンチの描いたオリジナルとは、随分違うものになってしまう。

おまけに、第2時世界大戦中には、アメリカ軍の大空爆にもあった。

この空爆は、スカラ座をはじめ、ミラノ市内の半分近くの建物が全壊するほどの規模。

土嚢と組まれた足場で保護されてはいたとはいえ、この壁画が残ったのは、奇跡と言える。

1973年に私が初めて訪れた時は、損傷を防ぐため、著しく照明が落とされていた。

壁には、ところどころに、絵具のあとが見られる程度。全体がどんな絵なのか、よく分からなかった。

その後、何度か訪れたのだが、いつも修復工事中で、絵の前で修復技術者が作業している状態。

今回はじめて、前をさえぎるものなく、全体の絵を見ることが出来た。

この絵は遠近感を表すために、一点透視図法が用いられている。

具体的には、キリストの右こめかみに釘を打ち、そこに糸を張って四方へ広げ、天井、床、壁などの縁を描いたそうだ。

すなわち、全ての線がキリストを中心に広がっていき、同時に、キリストに向かって行く。

この効果か、しばらく見ていると、キリストのオーラが私に向かって来て、自分がそれに包まれ、キリストに引き寄せられ、抱かれるような、不思議な気持ちになった。

今まで何度も見たが、今回初めて、この絵の意味が分かったような気がする。

これ以上、この天才の傑作について書くことは、野暮と言えよう。

まずは、なんとかチャンスを作り、実物を見ることをお勧めする。

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ミケランジェロ 未完のピエタ 「ロンダニーニのピエタ」

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7月のミュンヘン・ミラノ旅行の後、多事多難が続き、すっかりご無沙汰してしまった。

いろいろ書きたいことはあるが、今日は自分の心を鎮めるために、ミラノにあるミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」をご紹介しよう。

ピエタとは、磔刑に処されたのちに十字架から降ろされたイエス・キリストと、その亡骸を腕に抱く聖母マリアをモチーフとする宗教画や彫刻などのことで、多くの画家、彫刻家がその腕を競っている。

なかでもミケランジェロ21歳の作品、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるピエタは、数多の作品のうち、最高傑作中の傑作と評判高い。

このピエタをご覧になった方は多いと思う。

私が初めて見たときは、そのままで飾られており、若きミケランジェロの瑞々しい匠の技、作品の質感を生で感じることが出来た。

残念ながら1972年に精神を病んだ者により叩き壊され、修復後は防弾ガラスのパネルによって保護されている。

ミケランジェロは生涯で4つのピエタを製作したと言われているが、完成したのはバチカンにあるピエタのみ。

それ以外は全部未完成。このうちフィレンツェに2作品あるが、一つは本人が途中で破壊、もう一つは贋作の疑いがある。

ミラノにあるピエタは、晩年腰が曲がり、目も不自由になったミケランジェロが、病に倒れる前日まで取り組んだもの。

このピエタは、現在ミラノ、スフォルツァ城の中に展示されている。最初に置かれていた邸宅の名から「ロンダニーニのピエタ」と呼ばれる。

ピエタはイエスの亡骸を聖母マリアが抱く形が一般的だが、この作品はマリアがイエスを抱き起こそうとしている。

ところが、しばらく見つめていると、マリアが抱き起こすのではなく、イエスがマリアを背におぶい、一緒に天上へ昇っていくように見えるのだ。同時に天から呼び寄せる、光と力を感じる。

この不思議なピエタをもう一度見たいと、今回再訪した次第。

晩年のミケランジェロの透き通った感性が、この彫刻に映し出され、見ている自分の心も浄化されるようだ。

あたりは静謐の空気漂い、いつまでもいつまでも、佇んでいたかった。

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危うし!ヨナス・カウフマン! 「イル・トロバトーレ」

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さて7月にミュンヘンとミラノへ行った話の続き。

渡航先にミュンヘンを選んだのは、ミュンヘン・オペラ・フェスティバルがあるからだ。

このフェスティバルは、1875年が最初で、その後規模が拡大し、今では毎年6月から7月にかけて行われる。

一年間で評判の良かった作品を再演するので、ザルツブルグより、質が高いと言われているそうだ。

私たちが見た、「ファルスタッフ」、「椿姫」、「シモン・ボッカネグラ」、「ナキソス島のアリアドネ」(これだけがリヒャルト・シュトラウス作品)、これらは全て再演。

現地で運良く、キャンセル待ちで切符を入手した「イル・トロバトーレ」だけが初演。

そのためかミュンヘン国立歌劇場の壁は、このパネル写真が、所狭しと飾られていた。

どうすれば「イル・トロバトーレ」の切符を入手できるか?

出発前に、事務局に問い合わせたところ、出演者に割り当てられた切符が、キャンセルがあると当日売りに出てくると聞いた。

まず95%は無理と承知で列に並び、待つこと2時間。

幸運にも、開演15分前に最後の切符をゲット。

まさか取れると思わないから、観光帰りのジーンズにスニーカー。

それでも、周りの人の拍手喝采に送られ、小躍りしながら劇場に入った。

私たちの席は4階とはいえ、真っ正面の一番前。天にも昇る気持ちだった。

「イル・トロバトーレ」とは、吟遊詩人という意味で、舞台設定は15世紀のアラゴン地方。

この地の貴族ルーナ伯爵家の次男が病弱で、それはジプシーの老婆の呪いのせいとされ、老婆は火あぶりにされる。

この老婆の娘(アズチェーナ:メゾ)が、伯爵家の次男をさらい、火の中に投げ入れるつもりが、あわてて自分の子を火の中へ。仕方なく次男を自分の子(マンリーコ:テノール)として育てる。

その後、マンリーコは成人し、アラゴン王妃の美人女官(レオノーラ:ソプラノ)と相思相愛。

ルーナ伯爵家の長男(ルーナ伯爵:バリトン)も立派に成人。家を継ぐが、レオノーラに恋心を抱く。

物語はこの三画関係と、ジプシーのアズチェーナの復讐が絡み合って展開。

最後は、自分の弟とは知らず、ルーナ伯爵がマンリーコを処刑してしまい、アズチェーナが「おまえは自分の弟を殺したのだ!母さん、かたきを取りました。」と叫んで終わる。

荒唐無稽の話だが、オペラの筋書きはどれもこんなもので、大事なのは音楽の美しさなのだ。

最初は、黒い衣装の男性ダンサー達が登場。そのあと、ジプシーの老婆役の女性ダンサーが、白髪を振り乱し、ヌードと見間違えるような薄い白衣装であらわれる。

舞台と衣装がモノトーンの中、くすんだオレンジ色の赤子の人形2体(まだへその緒がついたまま)を、ジプシーの老婆や黒衣装のダンサーたちが放り投げ、伯爵家の子供と老婆の娘の子供が取り違えられたこと、老婆とともに火あぶりにされたことを、踊りで表現。

ジプシーの老婆が実に不気味で、この老婆の怨念が、これからの物語を支配することが分かる。

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(写真は、老婆と、老婆の娘アズチェーナ役のElena Manistina、マンリーコ役のKaufmannカウフマン)

そして女官レオノーラ(Anja Harteros)の登場。アリア「穏やかな夜」を歌う。この人の声のすごいこと。声量もたっぷり。最初から惜しげなく声が出る。

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(ブロマイド写真より)

さあ、満を持してマンリーコ(Jonas Kaufmann ヨナス・カウフマン)の登場!三階建ての舞台装置の一番上から歌い始める。

これがこれが、なんと!声が出ない!高音を力で無理やり出している。

昨年ザルツブルグで聞いた時は、何の問題もなく、力強い声だった。

カルメン役のコジュナの声が細いので、バランスを取るため声量を調整しているくらいだったのに。

えー!もう私はハラハラドキドキしてしまう。

幸いなことに、そのあとすぐに調子を取り戻し、レオノーラ、マンリーコ、ルーナ伯爵(Alexey Markov)の三重唱は、力強く、素晴らしかった。

二幕目は「アンヴィルコーラス(鍛冶屋の合唱)」で始まるが、この時のダンサー達の舞踏が、また出来が良い。

そのあと登場のアズチェーナ(Elena Manistina)、声の堂々としたこと、表現力のある歌声には驚かされた。

今回は主役級の4人、レオノーラ、マンリーコ、ルーナ伯爵、アズチェーナが、全部力量ある歌手で配役され、聞き応えのある、バランスの良い、オペラになっていたと思う。

その後、カウフマンは安定して素晴らしい歌声を披露。全く問題なかったのだが、最初の不調に、終わりまで心配。片時も目を話すことが出来なかった。

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(写真は「見よ、恐ろしい炎を」歌うマンリーコ役のカウフマン:ブロマイド写真より)

今回見たオペラの中で、一番ドキドキしたかもしれない。

さすれば、もしかして、わざとしたの?

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(写真はカーテンコールに答える出演者達)

☆ここに使った写真は、最後のカーテンコール以外、劇場の外に飾ってあったパネル写真とブロマイド写真を使いました。そのため見にくいと思いますがお許しを。

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カウフマンは幕間に手品にも登場。箱に入って2つに切られたりしました。

私は観客へのサービスと好意的に見ましたが、我が友人のCDディレクターは、非常に批判的でした。

すなわち、これはマンリーコが最後に処刑される暗示で、全ての演出が、老婆の怨念や、子供の取り違えに対して、グロテスクな説明をしすぎである、もっとベルディのオペラそのものを、いじらず見せてほしい、との意見でした。

私は半分同意しながらも、イタリア語のオペラをドイツでやる以上、説明的になるのはいたし方ないと思います。

これほど有名なオペラなので、まずはともかく、人と違うことをしなければ意味がない、との演出家の思いは良く分かります。

他にも踊りで出産の場面を表現したり、やや、やり過ぎの感はありましたが、舞踏そのものの質の高さ、ぎりぎりで表現に品格を保っていたこと、またこのグロテスクさが、ある意味ドイツ的であるとも言えるので、私はこの演出に関しては、興味深く受け止め、合格点をあげたいと思いました。

舞台芸術としては、モノトーンの中に、赤、ピンク、オレンジを挿し色として使い、綺麗でした。なかなかお金をかけていたと思います。

オーケストラ、歌手、踊り手、全ての人々が一生懸命取り組み、音楽的には素晴らしい舞台でした。

見れて本当に良かったと思います。

主役級の4名の歌手以外に、レオノーラの侍女役を演じたGolda Schultz(ソプラノ)も上手で、気になる歌手でした。

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当世西洋オペラ事情 (追加写真あり)

(本日記事に写真を追加しました!)

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ご報告が遅くなったが、7月4日から2週間、ミュンヘンとミラノに行ってきた。

そもそも今回の旅行は、友人でクラシックのCD制作ディレクターの発案。

さんざん僻地旅行をしていたが、寄る年波で無理が利かなくなり、若い時に仕事で行った場所をもう一度訪れたい。

仕事の合間に聞いたオペラを、奥様とともに鑑賞したい、これが発端。

さりとて切符の手配は出来ず、私にお鉢が廻って来た。

いっそ一緒に行かないか?とのお誘いも。

私はそんなにオペラを見たこともないが、こんなチャンスがなければ本場で聞けない。

よし行ってみよう!

ついてはもう一人友人を誘い、4名の旅行を計画。

昨年のザルツブルグ音楽祭観賞旅行が楽しかったので、その続編というわけ。

切符の手配は、昨年秋からインターネットで申し込み、今年2月の結果発表を待った。

どれが取れるか分からないので、友人の指示のまま、今年目玉のベルディ作品を中心に、あれこれ申し込んだ。

結果は、ひとつを除き、他全部、すなわち、「ファルスタッフ」、「椿姫」、「ナクソス島のアリアドネ」、「シモン・ボッカネグラ」、「仮面舞踏会」が取れた。

たった一つ取れなかったのは、当代一のテナー歌手との呼び声高い、ヨナス・カウフマン主演の「イル・トロバトーレ」。

たくさん取れて嬉しかったが、一方、旅行予算超過。それからは出発までは、節約の日々。

幸いなことに、ミュンヘン到着の翌日、当日キャンセル待ちの列に並び、見事「イル・トロバトーレ」の切符も手に入れた。

(拙稿、「ミュンヘン オペラ フェスティバル」 http://peacelove.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-b45c.html をご参照あれ!)

かくして全部で6つの作品を観ることが出来たのは、幸せと言うほかない。

さて、本場でのオペラ鑑賞はというと、まずは劇場の素晴らしさ。

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(写真はミュンヘン国立歌劇場)

「仮面舞踏会」はミラノ・スカラ座、「ナクソス島のアリアドネ」は、ミュンヘンのPrinzregententheater(日本語でなんと訳すのか不明にして知らず)、その他はミュンヘン国立歌劇場にて。

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(Prinzregententheater)

スカラ座とミュンヘン国立歌劇場は馬蹄形、Prinzregententheaterは普通のシアター形式の劇場だったが、どこも素晴らしく音が良い。

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(ミラノ、スカラ座)

特に「イル・トロバトーレ」は4階真正面の一番前、「ナクソス島のアリアドネ」は前から5番目の席だったので、音が良く来た。

観客のお洒落な身なりを観ることも、オペラの楽しみの一つだ。

やはり西洋人のトルソーの厚み無くして、タキシードやイブニングは似合わないと、つくづく思う。

次に指揮者とオーケストラの良さ。一言でいえば、オペラの演奏に慣れている。

ミュンヘンとミラノの音の違いにも気付いた。

どちらも良い音なのだが、論理的・観念的ドイツの演奏と、イタリアの青空に抜けるような澄んだスカラの演奏は、好対照だった。

歌手たちは、ヨナス・カウフマン以外は、それほど日本で知られている人がいなかったように思う。

しかし、毎回これでもかというほど、素晴らしいメゾ、ソプラノ歌手が出てくる。

テノール、バリトン歌手との重唱も聞きごたえあり、これらの歌手の今後を、注目して見守りたいと思った。

指揮者は、「ナクソス島のアリアドネ」と「シモン・ボッカネグラ」のベルトラン・ド・ビリー(Bertrand de Billy)がちょっと気になった。

演出はと言えば、全て凝っていて、ひとひねりしている。

時代を置き換えているものがほとんどで、「仮面舞踏会」は17世紀末、アメリカのボストンが舞台のはずだが、なんとアメリカ大統領予備選挙もどき。

主人公リッカルドは、資金集めのパーティで、刺殺ではなく、銃撃されて死ぬ。

「シモン・ボッカネグラ」も、14世紀のジェノヴァが、第1幕は1920年代シカゴのマフィアの抗争、第2幕は取締役会議のようだった。

どちらも、舞台に自動車が出てきたりするのである。

そういう演出がいいかどうか、意見は分かれると思う。が、私のように見慣れてないものは、オーソドックスなものを一度は見たいと思った。

舞台の色彩は、モノトーンを基調に構成されているものがほとんどで、さし色にピンクや赤を使っていた。

まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、今日のところはこれまで。

また折に触れて、ご報告したいと思う。


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ミラノ 美味しい!

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ミュンヘン名物 白ソーセージ

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ミュンヘン名物仔牛の白ソーセージ。

ふわふわの食感。毎日食べても飽きないよ。


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ミュンヘン オペラ フェスティバル

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出発前の騒ぎをよそに、昨日夜、無事ミュンヘン到着。

今回の主目的は、ベェルディのオペラを聞くため。

昨年の10月より準備を始め、手を尽くして切符を手配。

それでも取れなかったのが、今をときめくテノール、カウフマン主演のトロバトーレ。

だめだと知りつつ、当日のキャンセル待ちに並ぶこと2時間。

えー!ほっぺたをつねりたくなった。友人共々、最後の切符をゲット!

なんと運のよいことか。

3階席だが、ほぼ正面の一番前。

この世のものとも思われぬほど、良い音楽だった。

詳細はまたゆっくり。

でもオケを始め、重要な役回り全ての力がこれほどそろったオペラは、初めて。

生きてると時々こんな良いことにも巡り会えるのだね。

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